固定残業代(みなし残業代)が無効になるケース|3つの最高裁判例から読み解く判断基準

監修:弁護士 和田 慈朗(埼玉弁護士会所属/大宮ありあけ法律事務所)

「うちは固定残業代だから、いくら残業しても残業代は出ない」。
そう説明されて、納得してしまっている方は少なくありません。
しかし、固定残業代(みなし残業代)という制度は、法律が定める条件を満たしてはじめて「残業代を支払ったこと」になるものです。
条件を満たさない固定残業代は、残業代の支払いとは認められず、改めて残業代を請求できます。
しかもその場合、請求できる金額は一般の方が想像するより大きくなることがほとんどです。

この記事では、最高裁判所が示した固定残業代の有効性の判断基準を、3つの判例をもとにご説明し、ご自身の固定残業代が有効かどうかを確認するポイントをまとめます。

こんな疑問はありませんか?

  • 固定残業代があると、本当に残業代は請求できないの?
  • どういう固定残業代なら「無効」になるの?
  • 無効になったら、いくら請求できるの?

この記事でわかること

  • 固定残業代が有効と認められるための2つの条件
  • 条件を示した3つの最高裁判例の内容
  • 固定残業代が無効になった場合の請求額の考え方
  • 自分の固定残業代をチェックするポイント

固定残業代とは。制度自体は違法ではない

固定残業代(みなし残業代、定額残業代)とは、実際の残業時間にかかわらず、毎月一定額を残業代として支払う制度です。
「月30時間分の残業代として5万円を支給する」「営業手当は時間外労働の対価とする」といった形で、就業規則や雇用契約書に記載します。

労働基準法は、時間外労働に対して法律で定められた方法で計算した額以上の割増賃金を支払うことを義務づけているにとどまることから(労働基準法37条)、あらかじめ一定額を残業代として支払うこと自体は、この義務に反するものではありません。
したがって、固定残業代の制度そのものが違法なわけではありません。

問題は、その固定残業代の支払いが、法律上「残業代を支払ったこと」と認められるかどうかです。
認められなければ、会社は残業代をまったく支払っていないのと同じ扱いになります。

最高裁判所が示した2つの条件

最高裁判所は、複数の判決を通じて、固定残業代の支払いが残業代の支払いと認められるためには、大きく次の2つの条件を満たす必要があることを示しています。

  • 判別が可能であるのか。
     基本給など通常の労働時間に対する賃金の部分と、残業代にあたる部分とが、はっきり区別できること。
  • 対価として支払われたのか。
     その手当が、名前だけでなく実質的にも、時間外労働の対価として支払われていること。

この2つの条件を具体的に示したのが、次の3つの判例です。

判例1:年俸に残業代が含まれていても、金額が区別できなければ無効(医療法人社団康心会事件)

年俸1700万円の勤務医について、年俸に時間外労働の割増賃金を含める旨の合意があった事案です。
最高裁判所は、年俸のうち時間外労働に対する割増賃金にあたる部分が明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができないとして、年俸の支払いによって残業代が支払われたということはできないと判断しました(最高裁平成29年7月7日判決)。
高額の年俸であっても、残業代部分が区別されていなければ、残業代は別途支払わなければならないということです。

判例2:手当が残業の対価かどうかは、契約の記載・説明・実態から判断する(日本ケミカル事件)

薬剤師に支払われていた「業務手当」が、時間外労働の対価といえるかが争われた事案です。
最高裁判所は、ある手当が時間外労働の対価として支払われているかどうかは、雇用契約書などの記載内容のほか、会社が労働者に対して行った説明の内容、労働者の実際の労働時間と手当の額との関係といった事情を考慮して判断すべきであるとしました(最高裁平成30年7月19日判決)。
手当の名前だけで決まるものではなく、「残業の対価である」と契約や説明で明確にされ、実態とかけ離れていないことが必要です。

判例3:名目だけ残業代に置き換えた手当は、残業代の支払いとは認められない(熊本総合運輸事件)

トラック運転手について、残業の有無にかかわらず毎月の賃金総額がほぼ決まっており、そこから基本給などを差し引いた残りに「時間外手当」「調整手当」という名前を付けて支払っていた事案です。
最高裁判所は、このような仕組みのもとでは、手当の名前が残業代であっても、本来は通常の労働時間の賃金として支払うべきものを名目だけ残業代に置き換えたものにすぎず、時間外労働の対価として支払われているとはいえないと判断しました(最高裁令和5年3月10日判決)。
残業をしてもしなくても手取りが変わらないという場合は、この判例が当てはまる可能性があります。

固定残業代が無効になると、請求額は大きくなる

固定残業代が無効と判断された場合、会社は残業代をまったく支払っていなかったことになり、過去3年分(時効の範囲内)の残業代を改めて請求できます。
それだけではありません。
これまで「固定残業代」として支払われていたお金は、残業代ではなく通常の賃金として扱われるため、残業代を計算するときの1時間あたりの単価そのものが上がります。

たとえば、基本給25万円・固定残業代5万円(月30時間分)という条件の方が、固定残業代が無効になった場合、残業代の単価は25万円ではなく30万円を基礎に計算されます。
そのうえで、実際の残業時間すべてについて割増賃金を請求できるため、「固定残業代の5万円を超えた分だけ」を請求する場合と比べて、請求額は大幅に増えることになります。

固定残業代が有効でも、超えた分は請求できる

2つの条件を満たし、固定残業代が有効と認められる場合でも、固定残業代がカバーしている時間を超えて残業した分については、会社は別途残業代を支払わなければなりません。
「月30時間分」の固定残業代であれば、月40時間残業した月は、10時間分の残業代を追加で請求できます。
「固定残業代を払っているから、何時間残業しても追加はない」という説明は、法律上は誤りです。

自分の固定残業代をチェックする5つのポイント

  • 雇用契約書や給与明細で、固定残業代の金額と、何時間分にあたるのかが明記されているか。
     書かれていなければ、「判別できること」の条件を欠く可能性があります。
  • 手当の名前が「営業手当」「職務手当」など、残業代と分からないものになっていないか。
     残業の対価であることが契約書や説明で明確にされていなければ、「対価であること」の条件が問題になります。
  • 残業をしてもしなくても、毎月の手取りがほとんど変わらないか。
     変わらない場合、熊本総合運輸事件と同じく、名目だけの残業代である可能性があります。
  • 固定残業代の時間数に対して、実際の残業時間が大幅に多くはないか。
     実態とかけ離れた時間数の設定は、対価性を疑わせる事情になります。
    また、超えた分は有効・無効にかかわらず請求できます。
  • 固定残業代の金額が、法律どおりに計算した割増賃金の額に足りているか。
     足りていなければ、差額を請求できます。

まとめ

  • 固定残業代の制度自体は違法ではありませんが、「残業代部分を判別できること」「残業の対価であること」の2つの条件を満たさなければ、残業代の支払いとは認められません。
  • 無効になった場合は、固定残業代を通常の賃金に含めて単価を計算し直したうえで、過去3年分の残業代を請求できるため、請求額は大きくなります。
  • 有効な場合でも、固定残業代の時間数を超えた分は請求できます。

固定残業代が有効かどうかの判断は、契約書の記載や説明の内容、実際の労働時間など、個別の事情によって変わります。
「固定残業代だから」と言われて諦める前に、雇用契約書と給与明細をお持ちのうえ、一度ご相談ください。

POINT 大宮ありあけ法律事務所では、残業代請求のご相談を初回30分無料・着手金原則0円でお受けしています。
固定残業代が有効かどうかの見通しも、ご相談時にお伝えします。

この記事の監修

弁護士 和田 慈朗(埼玉弁護士会所属/大宮ありあけ法律事務所)

社会保険労務士試験合格。官公庁での勤務を経て弁護士に。
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