仕事のミスで会社から損害賠償を請求されたら|労働者の責任が制限される理由と対応方法(茨城石炭商事事件)

監修:弁護士 和田 慈朗(埼玉弁護士会所属/大宮ありあけ法律事務所)

「君のミスで取引先に迷惑をかけた。
損害を弁償してもらう」「会社の車をぶつけたのだから修理代は自己負担だ」。
仕事中のミスや事故について、会社から損害賠償を求められ、どう対応すればよいか分からないというご相談は少なくありません。

結論から言うと、労働者が業務上のミスで会社に損害を与えた場合でも、労働者が当然に全額を賠償しなければならないわけではありません。
この記事では、最高裁判所が示した労働者の責任制限の考え方と、会社から請求を受けたときの具体的な対応をご説明します。

こんな疑問はありませんか?

  • ミスで会社に損害を与えたら、全額弁償しなければならない?
  • 「ミスをしたら○万円」という誓約書にサインしてしまった。
    有効なの?
  • 会社が勝手に給料から差し引くと言っている。
    どうすればいい?

この記事でわかること

  • 労働者の賠償責任が制限される理由と、最高裁判例の判断基準
  • 違約金・賠償額の予定の禁止と、給与からの天引きの禁止
  • 会社から請求されたときにやってはいけないこと、やるべきこと
  • 実際に会社の請求が認められるケース

労働者の賠償責任は、なぜ制限されるのか

会社は、労働者を使って事業を行い、そこから利益を得ています。
労働者がミスをするリスクは、事業を行う以上避けられないものであり、本来は利益を得ている会社が負担すべきものです。
また、会社は保険への加入や業務体制の整備によって損害を予防・分散することができる立場にあります。
こうした考え方から、労働者が会社に負う賠償責任は、法律と裁判例によって大きく制限されています。

最高裁判所が示した基準(茨城石炭商事事件)

この問題についての基本的な判断を示したのが、最高裁判所昭和51年7月8日判決(いわゆる茨城石炭商事事件)です。
会社のタンクローリーを運転していた従業員が追突事故を起こし、会社が従業員に損害の賠償と求償を求めた事案で、最高裁判所は次のように判断しました。

使用者が、事業の執行につきなされた被用者の加害行為により損害を被った場合、使用者は、事業の性格・規模・施設の状況、被用者の業務の内容・労働条件・勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防や損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して損害の賠償または求償を請求することができる(最高裁昭和51年7月8日判決)。

この事案では、会社が車両保険に加入していなかったことなどの事情から、会社が従業員に請求できるのは損害額の4分の1が限度とされました。
この判決以降、裁判例では、労働者の責任を損害の一部に限定する判断が定着しています。

責任の有無・範囲を左右する事情

最高裁判所が挙げた事情をふまえると、実務上は次のような点が考慮されます。

  • 過失の程度。
     軽い不注意によるミスであれば、責任を負わないか、負っても損害のごく一部にとどまることがほとんどです。
    故意や、それに近い重大な過失がある場合には、責任の割合が大きくなります。
  • 業務の内容と危険性。
     もともと事故やミスが起きやすい業務であれば、そのリスクは会社が負担すべき度合いが高くなります。
  • 会社の予防措置。
     安全教育や作業手順の整備、ダブルチェック体制、保険への加入など、会社が損害の予防・分散のためにどこまで配慮していたかが問われます。
    配慮が不十分であれば、労働者の責任は小さくなります。
  • 労働条件・勤務態度。
     賃金の水準や、長時間労働で疲弊していた状況なども考慮されます。

裁判例では、重い過失があった場合でも、損害の数分の一程度に責任が限定されることが多く、軽い過失の場合には責任自体が否定されることも珍しくありません。

あらかじめ賠償額を決めておくことは禁止されている

「ミスをしたら一律○万円」「商品を破損したら実費を弁償する」「退職したら違約金○万円」といった取り決めは、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額をあらかじめ定めるものとして、労働基準法で禁止されています(労働基準法16条)。
入社時の誓約書や雇用契約書にこのような条項があっても、無効です。
会社が「サインしたのだから払え」と言ってきても、応じる義務はありません。

給与や退職金からの天引きはできない

会社が一方的に、損害賠償金を給与や退職金から差し引くことは、賃金の全額払いの原則に反し、許されません(労働基準法24条1項)。
労働者の同意があれば相殺できる場合もありますが、その同意は労働者の自由な意思に基づくものでなければならず、会社から迫られて仕方なく同意した場合には、有効な同意とは認められないことがあります。
「給料から引いておく」と言われた場合も応じる必要はなく、すでに差し引かれた分は未払い賃金として請求できます。

会社から請求されたときの対応

やってはいけないこと

  • その場で支払う、分割払いに応じる。
     一度支払ってしまうと、後から取り戻すのは困難です。
  • 念書・誓約書にサインする。
     「全額を弁償します」という念書は、後の争いで会社に有利な証拠になります。
    「持ち帰って検討します」と伝えてください。
  • 口頭で責任を全面的に認める。
     ミスをしたこと自体を認めるのと、損害を全額賠償する責任を認めるのは別のことです。

やるべきこと

  • 請求の内容を書面でもらう。
     何についていくらの損害が生じたのか、その根拠を書面で示すよう求めます。
    口頭の請求だけで、具体的な金額や根拠が示されないケースも多くあります。
  • 経緯と事情を整理する。
     ミスが起きた状況、会社の指示や体制、過去の同種の事例、保険の有無などをメモにまとめます。
  • 記録を残す。
     面談の録音やメモ、メール、請求書面を保管します。
  • 弁護士に相談する。
     弁護士が代理人として、責任の有無と範囲について法律と裁判例に基づいて反論し、会社と交渉します。
    会社が訴訟を起こした場合も対応します。

実際に会社の請求が認められるケース

労働者の責任は大きく制限されますが、まったく認められないわけではありません。
横領や背任など故意に会社に損害を与えた場合や、飲酒運転や無断での危険行為など重大な過失がある場合には、損害の相当部分について賠償責任が認められることがあります。
ただし、その場合でも、会社側の管理体制の不備などの事情は考慮されます。
ご自身のケースがどこにあたるのかは、事情を伺ったうえで見通しをお伝えします。

まとめ

  • 業務上のミスによる会社への賠償責任は、損害の公平な分担という観点から、信義則上相当と認められる限度に制限されます(最高裁昭和51年7月8日判決)。
    軽い過失であれば、責任を負わないことも多くあります。
  • 「ミスをしたら○万円」などの賠償額の予定は労働基準法16条で禁止され、給与や退職金からの一方的な天引きも労働基準法24条で禁止されています。
  • 請求を受けたら、支払いや念書へのサインをせず、請求の根拠を書面で求め、記録を残したうえでご相談ください。

会社から損害賠償を請求され、どう対応すべきか迷っている方は、支払いや念書へのサインの前に、一度ご相談ください。

POINT 大宮ありあけ法律事務所では、会社から損害賠償を請求された場合の対応について、初回相談30分無料でご相談をお受けしています。
労災による会社への損害賠償請求もお受けしています。

この記事の監修

弁護士 和田 慈朗(埼玉弁護士会所属/大宮ありあけ法律事務所)

社会保険労務士試験合格。官公庁での勤務を経て弁護士に。
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